後輩に向けて、29歳の自分を思い出しながら書いたメモがあります。今日はその話をします。
29歳の頃、正直に言うと、仕事はどこか「イージーモード」でした。
商品企画という仕事に奥深さは感じていたし、学びもありました。でも、レールの上を歩いているような感覚がどこかにあった。このまま普通に偉くなっていくんだろうな、社内には引き上げてくれる人もいるし、この経歴なら転職にも困らないだろうな。漠然と「成功したい」とは思っていましたが、その程度の解像度でした。
「建前」と「本音」は、別にあっていい
そんな時、海外赴任の話が来ました。
人に説明する時は、「メーカーの中で、上流から下流まで幅広く現場を知っておきたい」というキャリア論を語っていました。会社員として行き着く先は経営者だから、色々な現場を知っている方がいい。挑戦する姿勢は評価される。それらしい理由です。
でも、正直に言うと、それは半分は建前でした。本当の後押しになったのは、公にはしていない、もっと個人的な事情でした。
キャリアの選択理由が、人に話せる立派なものだけとは限りません。建前と本音、両方あっていい。それでも「動く」という決断さえできれば、そこから先の景色は変わっていきます。
殻を破ったのは、教えより先に環境だった
赴任した当初は、正直まだ本気ではありませんでした。何かが変わったきっかけは、実は、誰かの立派な教えではありません。
駐在の仕事は、とにかく忙しい。自分の守備範囲だけを見ていたら、組織は回らないし、チームは困っていきます。誰かが持ち場を超えて動かないと、物事が前に進まない。そういう環境そのものが、強制的に僕を変えていきました。
きっかけになった、小さな出来事があります。細かい仕事は得意だけど、交渉事が苦手な、あるウェールズ人の同僚がいました。フランス側との合意形成で苦戦していた彼のために、自分の名前でメールを出して、代わりに矢面に立ってお願いしただけです。大したことはしていません。
それでも、その同僚はとても喜んでくれました。「Michi、お前は魔法使いだ!」と。
たったそれだけのことが、楽しくなっていきました。小さく人を助けること。小さく成功すること。それを繰り返すうちに、いつの間にか、いろんな人から頼られる存在になっていました。責任は増え、やらざるを得ない状況にも追い込まれていきました。
「利他主義であれ」という言葉を、当時の上司から聞いたのは、そのあとです。相手の得になることをやれ。相手が困っていることをやれ。困りそうなことは、言われる前に先んじてやれ。
その言葉を聞いた時、驚くほど腹落ちしました。既に自分の中で起きていた変化に、的確な言葉が与えられた瞬間です。経験だけでは、こうして人に伝えられる形にはならなかった。今、後輩にこの話を端的に語れているのも、あの時もらった言葉のおかげです。上司からの、大きな贈り物でした。
動機がどうであれ、本気になれる
もし今、自分の仕事へのモチベーションが「大した理由じゃない」と感じているなら。それは全く問題ではないと思っています。
- 今の選択の「建前」は何か。そして「本音」は何か。両方、自分の中でだけ言語化できているか
- 立派な言葉を待たずに、まず小さく誰かを助けてみているか
- 相手が困っていることに、言われる前に気づけているか
- 「イージーモード」だと感じている今の場所で、殻を破る瞬間は、まだ訪れていないだけかもしれない
立派な理由で始めた仕事じゃなくても、本気になれる日は来ます。むしろ、動いてみるまでは、それがどちらなのか誰にもわかりません。