同じ日に、二つの大きな話が舞い込んできました。

一つは、炎上中のソフトウェアプロジェクトの立て直し役。組織全体のことを考えれば、断れる話ではありません。もう一つは、尊敬する人物が率いる、モノづくりの現場に近い部門での、変革の仕事。どちらも簡単な話ではなく、いわゆる「ストレッチゾーン」——今の自分の実力を超えた挑戦です。

僕は、後者を選びました。

同じ「成長機会」でも、中身は違う

どちらもストレッチゾーンだから、どちらでもいい。そう思う人もいるかもしれません。でも、ストレッチの性質は全く違います。

一つは、すでに燃えている火を消す仕事です。もう一つは、まだ何も形になっていないものを、ゼロから作っていく仕事です。同じ「大変さ」でも、消耗して終わるストレッチと、積み上がっていくストレッチがある。ここを区別せずに機会を選ぶと、後で消耗感だけが残ります。

後ろ盾の存在は、無視していい要素じゃない

決め手の一つは、自分を必要としてくれる人がいるかどうかでした。

尊敬する人物が、僕を必要としてくれている。その事実は、個人の幸せに直結する話であって、決して感傷や甘えではないと思っています。誰にも必要とされていない場所でどれだけ頑張っても、消耗するだけです。支援者の存在は、意思決定の正当な判断材料です。

希少性が活きる方を選ぶ

もう一つの決め手は、自分の強みがどちらでより希少性を持つか、でした。

片方は、似たような経験を持つ人が大勢いる場所です。もう片方は、僕がこれまで渡り歩いてきた複数の職種の経験が、そのままでは誰も持っていない組み合わせとして活きる場所でした。同じ実力でも、置かれる場所によって希少性はまるで変わります。心が高揚したのも、こちらでした。

「断れない大義名分」を、鵜呑みにしない

正直に言うと、片方には「組織のためには断れない」という、強い大義名分がありました。こういう言葉には、思考を止めさせる力があります。

だからこそ、上辺の大義名分に流される前に、もう一方の関係者と、期待値が本当に合っているかを、ロジカルに確認しました。感情でも忖度でもなく、事実として確かめる。これを飛ばして雰囲気で決めてしまうと、後になって「なぜあの時、流されたんだろう」と後悔することになります。

説明できない感情も、立派な判断基準になる

ここ数年、あえてソフトウェアビジネスの世界に身を置いていました。偶然ではありません。どんな業態であれ、売り切りではなく継続的に稼ぐビジネスモデルへの挑戦は避けて通れない。そう思っての選択でした。

そこは、これまでの常識が通用しない世界でした。顧客と二人三脚で、指定されたソフトウェアを現場に実装していく。日本のモノづくりの現場が、ソフトウェアによって強くなっていく手応えもあり、そこには確かな誇りがありました。

それでも、好きになれない部分もありました。実装して終わり。その後を見届けることは、仕事の範囲として許されない。不具合対応は有償、断れないアップデートも有償。そういう事業構造に、どうしても馴染めませんでした。

ここまでは、理屈で説明がつく話です。でも、正直に言うと、理屈だけでは説明しきれない部分も残っています。ソフトの世界から、あえてハードの方に賭けたいという気持ちが、僕の中にはあります。明確な裏付けがあるわけではありません。それでも最後に効いたのは、理屈よりも先にあった、説明のつかない感情でした。そういう感情も、キャリアを選ぶ上での立派な判断基準だと、今は思っています。

「広い世界」を、選択肢として持ち続ける

最後の決め手は、将来、海外に出る道が残っているかどうかでした。

群馬を拠点にリモートで働く今の生き方も、元をたどればヨーロッパでの経験と人生観に大きく影響を受けています。師と仰ぐ写真家に「広い世界を生きろ」と言われたことがあります。その言葉を実践し続けるためにも、海外に出る可能性を自分から閉じたくありませんでした。

二択に迷ったら

もし今、二つの機会の間で迷っているなら、この問いを自分に向けてみてください。

  • 同じ「大変さ」に見えても、それは消耗するストレッチか、積み上がるストレッチか
  • 自分を必要としてくれる後ろ盾は、どちらにいるか
  • 自分の強みは、どちらの場所でより希少性を持つか
  • 「断れない」という言葉に、思考を止めさせられていないか
  • 儲けやすさと、誇りを持てるかどうか。両方を天秤にかけられているか
  • 理屈では説明できない、それでも確かにある感情を、自分に対して正直に認められているか

断れない仕事と、選びたい仕事は、似ているようでいて全く別物です。僕は今回、選びたい方を選びました。