ヨーロッパの出張先で、大きな失敗をしました。
待ち合わせは午前11時。
45分待っても、同僚のCは現れません。
連絡もありません。
心配は、いつしか怒りに変わっていました。
会議中だったと知った僕は、感情をぶつけるように彼を叱ってしまいました。
でも、本当に反省すべきだったのは、彼ではありませんでした。
目次
怒るべき相手はいなかった
駅で待ち合わせることは、メールで送っていました。
だから僕は、「伝えた」と思っていました。
でも、彼はメールを読んでいませんでした。
英語は、お互い母国語ではありません。
今思えば、カレンダーの招待を送っていれば、防げたすれ違いでした。
「送った」と、「伝わった」は違う。
それなのに僕は、自分の思い込みを棚に上げて、感情をぶつけてしまいました。
怒る必要はありませんでした。
「心配したよ。無事でよかった。今日は頑張ろう。」
そう声を掛けることもできたはずです。
「伝えた」は、送り手の論理
その日、もう一つ大きな学びがありました。
午後に訪問した取引先の物流企業で、調達責任者は、会社紹介をわずか数分で終えました。
売上。
組織体制。
調達規模。
僕たちが判断に必要な数字だけを、淡々と並べていきます。
一方の僕は、「顧客密着がDNAです。」という抽象的な話をしていました。
今思えば、相手が聞きたいことではなく、自分が話したいことを話していました。
伝えたつもりでも、伝わってはいなかったのです。
コミュニケーションは、相手の頭の中で完成する
当時の僕は、英語力が足りないのだと思っていました。
でも違いました。
後日、課題をExcelに書き出した瞬間、議論は驚くほど噛み合いました。
日本人同士でも、口頭だけでは認識はずれます。
外国語なら、なおさらです。
コミュニケーションは、話した瞬間ではなく、相手の頭の中に同じ景色が描けた時に初めて完成する。
あの日以来、僕は「どう話すか」よりも、「どう伝わるか」を考えるようになりました。
これはPMとして合意形成を進める時も、マーケティングで価値を届ける時も、そして日々の人間関係でも、変わらない原則になっています。
Key Takeaways
- 「伝えた」と「伝わった」は、まったく別物。
- 良い説明とは、自分が話したいことではなく、相手が判断したいことを伝えることである。
- コミュニケーションは、英語力ではなく、相手の頭の中に同じ景色を描けるかどうかで完成する。
あなたへの問い
あなたは今日、
「伝えた」ことで満足していないでしょうか。
それとも、
相手が本当に同じ景色を見られるところまで、伴走できているでしょうか。