生まれ育った街を歩きました。
懐かしい。
でも、それだけではありませんでした。
決して裕福だったわけでもない、ごく普通の暮らし。
運動が苦手で、人の目を気にして、妙なプライドもあった自分。
そんな昔の自分が、街のあちこちに残っているような気がしました。
過去を否定しているわけではありません。
むしろ、今の自分につながる大切な時間だったと思っています。
それなのに、なぜか明るい気持ちにはなれない。
その理由を考えながら、街を歩きました。
今日は、その話です。
目次
原初の自分に、会いに行く
小学生の頃、海外から帰国して転校しました。
学校の敷地には鯉の池があって、餌をあげることができました。
ヘチマがなっていたことも覚えています。
「くん付け」の文化を知らず、少しだけ仲間はずれにされたこともありました。
今となっては、笑い話です。
でも、当時の僕には当時の僕なりの悩みがありました。
運動ができない自分が、ずっと嫌でした。
人からどう見られているかを気にして、勝手に傷つくこともありました。
いま振り返れば、ずいぶん被害者意識の強い子どもだったと思います。
そんな記憶が、街を歩いていると一つずつ戻ってきます。
忘れていたというより、普段は見えないところにしまっていたのかもしれません。
そこにいたのは、今の僕ではありません。まだ何者でもなかった頃の僕でした。
何者でもなかった自分
大人になってから、いろいろな経験をしました。
仕事をして、海外で暮らし、資格を取り、できることも増えました。
コンプレックスだったものを、努力して乗り越えてきた部分もあります。
そうやって少しずつ、「自分はこういう人間だ」という像をつくってきたのだと思います。
でも、生まれ育った街を歩くと、その像が少しだけ剥がれます。
そこにいるのは、肩書きも実績もない自分です。
運動が苦手だった自分。
人の目を気にしていた自分。
将来のことなんてほとんど考えず、生き物のことばかり考えていた自分。
以前、「インナーチャイルド」という言葉を教えてもらったことがあります。
僕は専門的な意味で、この言葉を語れるわけではありません。
ただ今回、少しだけ分かった気がしました。
昔の自分は、乗り越えて消えてしまったわけではない。今の自分の中にも、ちゃんといる。
だから時々、会いに行ってみる。
それも、自分を知る一つの方法なのだと思います。
30年後から、手紙を書く
もし、あの頃の自分に会えたら。
何を伝えるだろう。
「もっと頑張れ」とは、あまり思いませんでした。
代わりに、こんなことを伝えたい。
好きなことをやれ。
30年後のお前は、幸せだ。
今より、もっと本が好きになっている。
学生時代に花開かなくても、大丈夫。
後からでも、人は変われる。
世界は、今のお前が思っているよりずっと広い。
海外で暮らすこともある。
好きだったワインを勉強して、資格も取る。
新しい技術に夢中になって、また知らない世界を覗いている。
だから、今うまくできないことを、そんなに気にしなくていい。
生き物博士になりたいなら、それでいい。
好きなものを、たくさん見つけておけ。
30年後のお前が振り返ったとき、それらはちゃんと一本につながっているから。
街を歩く前、僕は過去を見に行くつもりだったのかもしれません。
でも、そこで会ったのは、過去ではありませんでした。
今も自分の中にいる、何者でもなかった頃の僕でした。
そして、その自分に「大丈夫」と言えたことで、今の自分も少しだけ見えた気がします。
Key Takeaways
- 生まれ育った場所を歩くことは、今の自分をつくる前の「原初の自分」に会いに行くことでもある。
- 過去の自分は、克服して消えるものではなく、今の自分の中にも残り続けている。
- 過去の自分に言葉をかけてみることで、現在の自分が何を大切にしてきたのかが見えてくることがある。
あなたへの問い
もし、何者でもなかった頃のあなたに会えるとしたら。
何を教えるかではなく、何を伝えたいでしょうか。
「もっと頑張れ」ではなく。
「大丈夫。そのまま進んでいい。」
そう伝えたとき、今のあなた自身について、何が見えてくるでしょうか。